和歌山地方裁判所田辺支部 昭和38年(ワ)106号 判決 1964年2月10日
原告 毛利外美 外一名
被告 日本電信電話公社
訴訟代理人 光広竜夫 外四名
主文
原告両名の各請求を棄却する。
訴訟費用は原告両名の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、請求原因(一)、(二)記載の各事実は当事者間に争いがない。
また、成立に争いのない甲第一号証および第三号証によれば、本件各債権差押命令には、それぞれ被差押債権の表示として「一金二一五万円也、但し債務者が昭和三八年三月三一日退職したるにつき第三債務者から受取る退職金の内」と記載されているところ、証人山本清の証言によれば、訴外山本小三郎が被告公社を退職したことにより、被告公社から同訴外人に支給される退職金とは、国家公務員等退職手当法に基づく退職手当に外ならないことが明らかであるから、右各差押命令による被差押債権は右の退職手当受給債権(以下単に退職手当債権という)の一部であるということができる(同証言によれば、右訴外人は退職により公共企業体職員等共済組合法に基づく退職年金を受給することが認められるが、その給付主体は日本電信電話公社共済組合であつて、被告公社自体ではない。)。
二、本件の被差押債権である右の退職手当債権に対する差押の可否ないしその限度について判断する。
(一) 国家公務員等退職手当法(以下単に「退職手当法」という)には、同法に基づき支給される退職手当債権について、別段に差押を禁止する旨の明文も、また譲渡禁止の条項も設けられていない。それ故、退職手当債権がその性質上当然に差押を許さないものと認められない限り、これに対する差押可否の根拠は、差押禁止債権を限定的に列挙した民事訴訟法の規定に求めるほかはない。
(二) ところで、退職手当はその権利の取得が請求権者の地位、俸給、勤続年限、退職理由によつて定めるところから、いわゆる帰属上の一身専属権ということができるが、その給付されるものが金銭であり、結局その使用は請求権者の自由にまかされている以上、右の帰属上の一身専属性を理由にその差押の可否を決することはできない。
(三) そこで、すすんで、本件被差押債権が民事訴訟法上の差押禁止債権に該当するか否かについて検討を加える。
1 まず、国家公務員が民事訴訟法第六一八条第五号の「官吏」にあたることはもちろんであるが、退職手当法第二条第一項第二号所定の法人の職員も右の「官吏」に含まれると解される。すなわち、右の民事訴訟法の規定において特に「官吏」の「……職務上ノ収入」について差押を禁止しているゆえんは、その職務の国家的、公益的性格から、その業務並びにそれに従事するものの生活を保護するためであるが、右の法人の職員の業務も同様の性格を有するばかりでなく、職員の地位についても法律上公務員と同様の特殊な配慮がなされている(例を被告公社の職員についてみれば、争議行為の禁止につき公共企業体等労働関係法第一七条、服務に専念する義務につき日本電信電話公社法第三四条、罰則の適用につき公務員たる性質を有することにつき同法第三五条)ことに鑑みれば、上記のように解するのが相当である。
2 次に、右の「職務上ノ収入」には、在職していたことによつて退職後に支給されるものも含まれると解するには、文理上格別の支障はない。ただ、原告らも主張するように、右の退職手当は、国または前記法人が使用者として一方的に支給するものであるところから、これが在職中の功労に対する報償法色彩をもつていることは否定できず、この点に着目すれは、退職手当を「職務上ノ収入」といい得るかは一つの問題である。しかし、退職手当法の規定をみれば、整理退職や傷病、死亡による退職(第五条)等退職による本人およびその扶養者の生活上の脅威が大きい場合と普通退職(第三条)の場合との間に、退職手当の額に差異を設けており、また、退職手当の額と失業保険法の規定により計算された額を比較して、前者が後者に満たない場合は、その差額を退職手当として支給する旨規定している(一〇条)ことが認められるのであつて、そこには退職手当の強い生活保障的性格をうかがうことができるのである。すなわち、退職手当法に基づく退職手当は功労報償的な面をもつていることもある程度みとめられるが、より以上に退職後の生活保障のための給付という性格をもつていると解するのが妥当である。そして、このような退職手当の性格を差押について考慮することは、前記のような民事訴訟法の差押禁止の規定の趣旨によく合致するものということができる。
(四) 以上みたところから、退職手当法による退職手当は、結局民事訴訟法第六一八条第一項第五号の「官吏」の「……職務上ノ収入」に該当するものと解するのが相当である。従つて、同条第二項により、原則として、その四分の一に限りこれを差押えることができるものといわねばならない。
三 以上を本件についてみれば、本件の被差押債権である退職手当法に基づく退職手当債権は、裁判所の特別の許可のない本件においては、民事訴訟法第六一八条第二項により、その四分の一の金額である金六四八、二六二円に限り差押えることかできたものといわねばならないから、原告らの申請により発せられた前記各差押命令は、右の金額を超える命令部分についてはその効力を生じる余地のなかつたものである、
そうすれば、原告らの各差押は訴外山本小三郎が被告公社から支給される退職手当金六四八、二六二円について互いに競合することとなるのであるが、被告が右競合を理由に右の金額相当の金員を和歌山地方法務局田辺支局に供託し、その旨執行裁判所に届け出たことは原告らの自白するところであるから、被告はこれによつて前記差押命令に基づく第三債務者としての支払義務を免れたことは明らかである。
従つて、また前記各差押命令が発せられた金額から右の供託金額を超えた部分について発した各取立命令がその効力を生じる余地はない。
四、よつて、原告両名の本訴請求はいづれもその理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大石忠生)